TABIJIN

Summary of Thinking and Experience

楽しく生きる権利を行使することは「悪」ではなく、むしろ社会貢献に繋がると思う。

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学業を終え、社会人になってお金を稼ぎだす。初めのうちは無我夢中になって仕事に取り組むが、数年たつと、目の前の仕事が退屈に思え、また、組織に対する不平不満などが募ってきたりする。多くの人はこのタイミングで大きく二つに分かれるものだ。


一つ目は、今の仕事をもっと効率よくできないかとか、以前にも増して「今」の仕事に対するモチベーションがアップする人。いわゆる仕事に楽しみを創り出せる人。二つ目は、「もうこんな仕事やめたい」けど、新しい仕事を探すのも面倒臭いし、お金が必要だから「今」の仕事を我慢して続ける人。


両者はどちらも間違いではないが、自分の思いや心を殺してまで「今」の仕事を続けている状態って、はたから見ていると一見社会人として立派に責任を果たしているように見えるが、この世に生まれてきた人としての最大の権利「自分自身が楽しく生きる」ことを放棄しているように感じる。


今回は、自分が楽しく生きる権利を放棄してはならない理由を書いてみたい。


自分が楽しく生きる権利を放棄してはならない理由

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こっちが正しいとか、あっちが正しいってことはないだろうけど、自分自身が楽しく生きていなければれば、周りの人にもそれが伝染してしまうんじゃないかな。そうじゃなくて、自分自身が楽しく生きてさえいれば、同様にそれは伝染し、自分だけでなく周りの人までハッピーにさせてしまう。これはある種の社会貢献になってるような気もする。


ぼくの場合、もう20年以上も社会人をやってるけど、今思えば、若かりし頃は「お金」が欲しくて(自立したくて)仕事をやってただけ。仕事に「面白み」なんてほとんど感じなかったよ。結局は仕事してお金稼いだあとは、好きなもん買ったり、海外旅行へ行ったりと、リミットのある人生なのに何年も同じことの繰り返し。


そんな人生にだんだん飽きてきて、サラリーマンを辞めて起業して、自分が楽しみを感じれる仕事だけ進めるようになった。初めの数年はサラリーマンやってる時より稼ぎが少なくなったが、でも本当にハッピーだった。


今となってはサラリーマンにはない苦労もあるが、起業した後悔はない。結局は、サラリーマンでも経営者でも、自分自身が楽しく生きていれば、それだけでいい。自分自身が楽しく生きていれば周りの人もハッピーになるし、これってある種の社会貢献になるんじゃないかなと思う。


最後に、自分が楽しく生きていないとどうなるかを、思いつくまま3つ書いておきたい。

  1. 自分が楽しく生きていないと、人を幸せにする仕事はできない。
  2. 自分が楽しく生きていないと、いかなる場面においても活力が湧いてこない。
  3. 自分が楽しく生きていないと、負のオーラを放ち、周りの人に伝染してしまう。


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